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名古屋のITインフラお守り係です。ITイベントへの参加記録などを残していきます。

かつて10年にわたって苦しめられた体の不調について、あらためて書き残しておく

前にも触れたネタではありますが、最近、IT勉強会でご自身の体の不調の体験を伝えられている方のことを知って、その勉強会には参加しておらず直接話を伺ったわけではないのですが、自分も(忘れないうちに)書き残しておこうかと思ったので、あらためてまとめておきます。

ただ、文才はないので、箇条書きにしておきます。

※個人の体験や感じたこと・思ったことなので、間違い・勘違いはあると思います。また、すべての人にあてはまるものではない点も、留意してください。

 

伝えたいこと

  • 診断がつくような病気(うつ病含む)やケガ、オーバーワークでなくても、働けない、あるいは働くのが非常に辛い状況になることがあります
  • こじらせると、回復までに非常に長い年月を要します(私の場合は10年)。徐々にではなく急に悪化することもあるので、早めに休むことが肝心です
  • 診断がつかないような体の不調の場合、休業してしまうと収入がなくなる可能性が高いので、かえって厄介なことも
  • うつ病のように仕事が原因で発症したメンタルな病気ではないので、むしろ無理のない範囲で少しずつ仕事を続けられたほうが良いのですが、使用者側から見ると精神疾患との区別がつかないので、「いいからゆっくり休め」と言わざるを得ないかもしれません
  • 「回復」といっても、完全には元のようには戻りません。諦めて次へ進む(今の状態で何ができるかを考える)ことも必要です

 

不調になる前

  • アレルギー性鼻炎持ちで、花粉症だが普段症状はそんなに出なかった
  • 子供のころからの頭痛持ちだった
  • Web等のサービスのインフラが本職でアプリ開発もしていた
  • 情シス支援もしていた
  • 実労働時間が一時的に月300時間を超えたことはあったが、日常的にはオーバーワークになっていなかった(有休も適度に消化)
  • ドライブが趣味(今も)
  • 会社の草野球チームに所属していた(左利きなのでピッチャーも)

 

きっかけ~発症

  • ある冬の日(12月)、ドライブ中に後ろからトラックに追突された(その時は軽いむち打ち症状で済んだが、首の違和感は残った)
  • それから半年ほど、車で移動中は信号などで停車するたびに後続車が気になる状態に(雑なブレーキングの車にヒヤヒヤすることが何度も)
  • 春(3月)になって野球部の活動を再開したところ、サイドスローはイケるのに上から投げられなくなっていた(20m届かない…)
  • 例年、花粉が飛ぶ時期は鼻炎がそれほど酷くならないのに、その年は花粉大量飛散に加えてPM2.5も大量飛散していたらしく(当時はまだ話題にはならず)、「合わせ技」で鼻炎が酷い状態に
  • ひたすら鼻をかみまくっていたところ、ある日、「薄い鼻血」が出て、しばらく(10分以上)止まらなくなった
  • それを2~3度繰り返した後の夏、耳鼻科の通院時に同じような鼻血が出て止まらなくなった。先生から「髄液漏の疑いがあるから、すぐ大学病院に入院して」との指示があり、1週間ほど入院
  • 入院中(7月)、撮ったCTを見間違えられたり等はあったものの身体には何も起きず、先生に「しばらく無理をせず過ごして」と言われて退院
  • 当時、Webで提供していたサービスを、協業先との関係を解消して自社に引き取るプロジェクトが進行中で、そこにインフラ担当として加わるつもりが、「無理をするな」ということで直接加わらず外から応援することに
  • 秋(9~10月)、会社のイベントの準備で必要物の調達に歩き回ったり、イベント発表の打ち合わせで夜遅くなることがあった(後で思い返すと、仕事で貢献できない分、イベントでの発表のフォローを頑張ろうと少し無理をしたかもしれない)
  • イベント当日(10月)、また鼻血が止まらなくなったので、午前中休んで耳鼻科へ。午後からイベントに参加したものの、終わり頃から頭痛が酷くなってイベント後の懇親会は中座
  • 夜、それまで体験したことがないぐらいの激しい頭痛になったので、入院していた大学病院へ急患として駆け込むが、「特に異常なし」とのことでそのまま帰る。しかし頭痛は治らず夜眠れなくなる

 

発症~症状の変化

  • 頭痛以外に首凝り・肩凝りも悪化、頚肩腕症候群の症状が出る。再度通院。「眠れないときに飲んで」ということでデパスを処方される。しばらく眠れない日が続いたので毎晩連用。会社には通い続ける
  • 1ヶ月後(11月)、ついにデパスを飲んでも眠れなくなる。頭・首・肩に加えて胸のあたりまで痛みが拡大、頚肩腕症候群も悪化。温湿布を貼ったらかえって刺激になってさらに痛みが増す。デパス中止。離脱症状に悩まされる。体の痛みが全身に拡大
  • 耳鼻科・脳外科・整形外科など色々通院(ドクターショッピング開始)。筋弛緩薬を処方され、飲んだら首が脱力して頭がフラフラしたのでやめる。脳外科では検査で異常が見られなかったので「病気じゃなくて良かったね」と言われるが、全然良くない。この間も通院以外、会社には通い続ける
  • 12月、頭痛は治まってきたが、今度は浮動性めまいに悩まされることに(結果としてこれが10年に渡って悩みの種に)。長い距離を歩くことができず、遠くへ電車で出かけることが不可能に
  • パニック発作のような症状や、寝入り端の激しい動悸・不整脈が始まる。心療内科に通うが、先生が「患者にはすごく丁寧だが看護師にきつく当たる」のを目の当たりにして通うのをやめる。その後、漢方医鍼灸などに通い始める
  • この頃、前述プロジェクトの新システムへ移行予定だったが、開発委託先でプロジェクトが火を噴いて(不具合修正で不具合を生み出す負のスパイラル)、3ヶ月延期になる
  • 耳鼻科のめまい検査で「異常なし」と診断。「ただ、胸鎖乳突筋(首の筋肉)が異常に凝ってるから、リラックスを心がけて」と言われる(リラックスできてたらこんなに悩んでない…)
  • 2月、思い切って1ヶ月休職。休んでいる間に新システムへの移行が大失敗

 

停滞~やや回復期

  • 1ヶ月仕事をせず休む。近所の公園の梅を見るなど、のんびりする。症状そのものは変わらず
  • 3月、症状は変わらないが仕事に復帰。フルタイムでは働けないので週3ぐらいで。Webサービスのほうはまだ後始末(消火活動)が続いており途中から加わるわけにはいかなかったので、情シス手伝いが中心
  • 春頃から、漢方医をやめて神経内科に通いだす。デパスより弱い薬(リーゼ)を処方され、少し症状が軽くなるが、それ以上はよくならず
  • 発症から2年後あたりで鍼灸をやめて、(痛くない)整体に通い始める。「肉体労働している人みたいに筋肉が固い」と言われる。通い始めてから、一段階回復。しばらくして神経内科通いをやめる
  • 発症から3年後。3年前のプロジェクトで引き取ったシステム(インフラ運用はアウトソース)が故障がちでアウトソース先の対応も悪いため、自前運用に切り替えることを提案し、案が採用されて移行プロジェクト開始
  • DC契約の絡みで、同時に社内システムのDC移行プロジェクトの管理も行う
  • 相変わらず浮動性めまいに悩まされており、回数は減ったもののパニック発作様の症状や寝入り端の動悸は続いていたが、ある程度慣れてきたのでほぼフルタイムに近い勤務(通院日は休む)
  • 半年後のGW前後、移行プロジェクトは成功(Webサービス、社内システムとも)
  • この頃より、情シスの手伝いメインからWebサービスのインフラメインへ徐々に軸足を移す

 

回復期

  • 発症から5年経ち、パニック発作様の症状や寝入り端の動悸はほぼなくなる。浮動性めまいは相変わらず
  • 発症から7年後、Webサービスのインフラリプレースプロジェクトを開始。この頃、トップの体制が変わり前回プロジェクトのようには順調に事が進まず、役員会で決定した内容が管理職の一言で覆されるなどプロジェクトは混乱
  • なんとか立て直しをはかってプロジェクトを進めるも、完了チェックの甘さから翌年GWの移行に失敗。1ヶ月後仕切り直しでようやく成功。精神的ダメージ大(自分よりも周りのメンバーのトラウマに…)
  • この頃から、大学病院の総合診療科に通い始める。初診のときの先生(診療科の責任者)は合わなかったが(「命にかかわるような重篤な症状がなければ手を抜く」というお決まりのパターン)、漢方医(中国の先生)にかかることを勧められ、かかってみると今までの経過が嘘のように急速に回復
  • それまで(頚肩腕症候群で)困難だった「長時間机に向かって字を書くこと」ができるようになったので、調子に乗って学生時代以来20年ぶりの情報処理技術者試験などを受けまくる
  • 並行して、ITイベントや勉強会などにも足を運び始める
  • 発症から10年後、ついに浮動性めまいが「完治ではないが日常生活に困らないレベル」になる
  • 野球などは相変わらずできない(筋肉が固く、すぐ肉離れ寸前になる)ので諦めた

 

振り返りなど

  • 最後まで確定診断は出なかったので、「病気か病気でないか」と言われれば「病気でない」ということになる
  • 過緊張状態(最初は「後続車に追突されないか」という不安感→次に「重篤な病気にかかっていないか」という不安感)が続いたことで、自律神経のバランスが狂い、ちょっとリラックスを心がける程度では戻らなくなってしまった
  • 特に、寝入り端のリラックス状態に入ったところで激しい動悸が始まるのは心身にダメージが大きい。ダメージを受けた状態で「何かに憑りつかれてるみたい。お祓い受けてきたら?」と言われたことも(お、おう…)
  • 「まだ大丈夫」「これを乗り切れば」とか言ってるうちに、すぐには回復できないところまで行ってしまう。緩やかにではなく、急速に悪化して「閾値」を超えてしまうことが多い。早めの対処(休息)が肝心
  • 但し、(狙ったわけではないが)「会社のプロジェクトが一番きつかった時期」に休職できたことで、回復不能なほどの大きなダメージを受けずに済んだ。運が良かった
  • 責任感が強すぎると身を崩す。ある程度の無責任さも必要。協力してくれる人には遠慮しすぎず甘えるべし
  • ドクターショッピングは「悪いもの」と思われがちだが、合わない医者のもとに妥協して通い続けるのは、あらゆる意味で無駄
  • 「今悩んでいること・困っていることは何?」と質問されて「体調がおかしいことそれ自体」と答えたら、「そうじゃない!ほかにあるだろ!」と怒るような医者が、総合診療科にも居るのが驚きだが(しかも診療部長だったり。総合診療科の存在意義って何だ?)、仕方がないのでチェンジの道を探ったほうが良い
  • 確定診断がつかないと、多くの場合休職中は無給(ノーワーク・ノーペイ)になる上に社会保険料は払い続けることになるので(後から徴収)、休職が長引くと不安はある
  • 簡単に首を切られないために、「武器」は磨いておく必要あり。私の場合、それは周りのメンバーが持っていない総合的なITインフラ知識・技能だった。「絶対的な強み」でなく「相対的な強み」でも十分武器になる(人手不足・採用難の時代は特に)
  • 「早めに休んで早めに復帰」したほうが、「ギリギリまで頑張って長期間復帰できない」よりも、結果的に首を切られる可能性は低くなる